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日本の献体四十年

 事業名 篤志献体の普及啓蒙
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


筑波大学白菊会の献体22年

 

筑波大学白菊会

 

沿革:昭和48年10月に筑波大学は開学し、翌年4月に医学専門学群の第1回生100名が入学する。私どもの白菊会は昭和49年(1974)6月に「白菊会筑波大学支部」として発足する。昭和58年4月から250名の会員を有する「筑波大学白菊会」として東京の白菊会本部より独立。
人事:医学専門学群第一回生とともに赴任した伊藤隆造助教授が阿南功一学群長の協力の下に白菊会筑波大学支部の設立に尽力した。昭和49年9月の河野邦雄教授の米国留学からの帰国を待って活動が本格化した。同年11月に解剖体収集の専任技官として糸賀正儀氏を採用。誰からも親しみを持って迎えられる人柄と地元の地理の明るさは私どもの白菊会活動に大きな力となった。昭和50年4月に医学専門学群棟が完成し、松下松雄教授が赴任し陣容が整った。
活動:県内および福島県北部の福祉事務所や老人ホームなどを春と夏に訪問し献体運動への協力と広報依頼が活動の主体をなす。昭和49年10月の第20回白菊会総会(東邦大学医学部)に3名の会員とともに初参加して以来、独立まで毎年お世話になった。第一回の白菊会筑波大学支部懇談会が7名の会員の出席を得て、昭和50年10月医学専門学群棟で行われる。昭和51年10月16日第一回の筑波大学篤志解剖体慰霊式が行われた。以来毎年秋には学長が出席して大学主催の慰霊式が行われ、白菊会会員を来賓として招待することになった。この時期に合わせて支部懇談会、独立後は筑波大学白菊会総会が開かれることになった。会報「筑波しらぎく」は独立後の昭和58年10月に内山安男助教授の尽力で第一号が発刊され、以来秋の総会にあわせて年1回発行されている。昭和53年9月6日に大学キャンパス内に慰霊碑が完成し、白菊会本部より倉屋・郡司両氏を迎え納骨式を行う。碑はエジプトのピラミッドを模して作られ、文案を倉屋氏より頂き、当時の宮島学長の筆になる「讃仰、医学徒にはげましと大きな期待を寄せて献体された方々の御霊を永遠に讃えてここにいしぶみを築く」との碑文が刻まれている。
運営:会長は医学専門学群長が務め、理事には解剖学教授が名を連ねる。費用は校費及び桐仁会の援助金で賄われ、運営は専ら大学主導で行われている。
現況:登録会員1,309、生存会員892(うち60才未満114)。平成2年より白菊会登録会員以外のご遺体の受け入れは停止。入会年齢は60歳以上で、平成7年よりは人数制限を行っている。越し方を振り返り、多くの方々の尽力と好意に感謝したい。
(文責 河野邦雄)

 

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更新日: 2019年12月7日

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