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日本の献体四十年

 事業名 篤志献体の普及啓蒙
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


「帝京大学医学部献体25年」

 

帝京大学医学部

 

昭和46年4月帝京大学医学部が創設されると同時に解剖学教育のための遺体収集が緊急の課題となった。解剖学第二講座教授として学部創設に参加した故阪田隆先生は故藤田恒太郎先生および白菊会創設者倉屋利一氏の提唱される献体運動に早くから共鳴され、白菊会会員番号39という登録証をお持ちで、早速白菊会本部に加盟申請、昭和47年本学は加盟承認を受けた。この年阪田教授の御友人と教室員3名の新加入者を含め4名の小ぶりなサークルが発足した。その後老人ホーム等に協力者を得たこともあって本学の献体運動はひろがりを示し昭和50年に65名とややまとまりを見せた。数年の低迷期を経過して昭和55年から献体の輸は目立った広がりを見せる。これは全国的に献体比率が,昭和53年で30%、同58年に40%を越え,同55年には献体法法制化の運動が具体化するという献体運動の流れに沿った現象であり、また本学を含めた関係者各位のその中での努力の結実ともいえるだろう。その後は本学所属会員数は著しい増加を示し、平成8年現在生存会員600名弱、成願会員220名を越えるにいたっている。
本学所属白菊会会員の増加にともない、会員の集まりの必要性が生じ、第1回帝京大学白菊会懇談会が60名の会員出席で昭和61年11月8日に催され、以後毎年6月に開かれて本年でl1回と回を重ねて来た。形式に多少の変遷もあったが、学内の教授等の老人の健康に関する話とそれをめぐる質問応答からなる「健康講座」また会員を囲んで食事しながらの教職員、学生、看護婦参加の「懇談会」、この二つをプログラムの主要な柱とした形式のもので、2回ほど倉屋会長の講演も頂いた。
会員数100名を超えた昭和58年会員問の横の連絡に資すればと,住所、趣味、出身地を記載した会員名簿を発行、これに会員の近況紹介や御意見などを掲載した。後者の内容は昭和63年から会員名簿から分離し、会員寄稿、学生感想文、「健康講座」を収録したものを中心とした「帝京しらぎく」として小野戈止、小野田舜、中村光子、新部二郎、4会員の編集によって年刊の冊子の形で発行されるようになり、頁数も年々増加の傾向にある。
解剖慰霊祭は昭和48年11月20日第1回が正常、病理両解剖学教室合同で築地本願寺において挙行され、以来同寺で執り行われてきたが、平成元年からは本医学部において佛式により執り行われている。
なお、学部創設時、八王子に設けられた解剖慰霊碑がご遺骨収納に余りに手狭になったため平成6年12月横浜市六浦八景苑に新たに解剖慰霊碑を建立し移転を行った(写真)。碑の直下が納骨堂となっており、御遺骨と、献体された方々全員の名簿を収めている。
(塩田俊朗 記)

 

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