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日本の献体四十年

 事業名 篤志献体の普及啓蒙
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


富山医科薬科大学の「献体20年」

 

富山医科薬科大学医学部

 

1県1医科大学の構想のもと、本学は特色ある医科薬科大学として昭和50年10月に開校し、その後20年余り経過した。昭和51年4月には金沢大学より松田健史教授が初代の第1解剖学講座の教授として着任、中部高校の仮校舎に講座開設された。昭和52年3月には講義実習棟、解剖棟等が完成し、同年4月には岡山大学より高屋憲一氏が第2解剖学講座の教授として着任された。同年10月7日第1回解剖学実習開始。昭和53年4月慰霊碑除幕。
解剖学実習用遺体の確保は開学当初より重要な課題であり、教室員一同、研究協力課職員、一部学生と献体希望者の会(しらゆり会総会、地区懇談会等)に実状を訴えた。特に昭和52年3月に解剖棟が完成すると共に、平松博前学長(故人)と小林収副学長(現名誉教授)の参加を得て、毎年献体キャンペーンが行われた。
開設当初とはいえ、松田健史教授は研究、教育、渉外活動にと精力的に活躍され、その後体調を崩されて昭和57年と、昭和63年の再度の手術にもかかわらず、多くのしらゆり会員にも惜しまれながら平成元年ご逝去なされた。
第1解剖学講座の二代目の教授として大谷修教授が平成2年10月岡山大学より着任され、人体解剖学の講義・実習を継承されることとなった。同年の4月より本学医学部入学定員95名に削減されている。
本学の献体推進は特にしらゆり会(中井精一現会長)の支援により行われた。さらに、昭和57年文部大臣感謝状贈呈決定、昭和58年献体法の制定を契機として、本学の昭和57年以降の年間登録会員数(85名−110名)および昭和62年以降の登録会員の年間献体数(31体−46体)とも増加した(しらゆり会支部生存会員1,097名、支部献体者累積463名;平成8年5月31日現在)。
以上に対処するために、1)助手2名、技官1名、支部非常勤職員1名採用(構成員;教授1名、助教授1名、助手2名、技官2名、支部非常勤職員1名、大学院生4名)、2)献体関係の仕事を分担している(会員関係、献体者関係、セレモニー)、3)事務省力化をはかる、4)設備充実(解剖体保存用ロッカー、低温庫、迅速処理装置の設置)、5)病理献体も紹介する。
これらの努力により、医学部人体解剖実習用解剖体は比較的早くからかなりの数を集めることができ、特に初めは10人に1遺体で行われた(昭和52年10月7日第1回解剖学実習開始)が、4年後には4人に1遺体となり、その後この状態が続き、平成5年度より3人または4人に1遺体で行っている。さらに研究生や高学年の医学生の教育にも利用できる状態となっている。
本学の献体者は平成元年以降全てしらゆり会員である(篤志体比率100%)。本学主催の合同慰霊祭は、毎年10月に本学体育館において無宗教方式で、富山県善意銀行(中井精一理事長)主催の追悼合同法要は毎年4月、本願寺富山西別院にて仏式で営まれている。各年度の解剖学実習は毎年3月の納棺式をもって終了し、分骨は御遺族の了解のもとに本学の慰霊碑内納骨堂に納められている。(第一解剖学教室)

 

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