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日本の献体四十年

 事業名 篤志献体の普及啓蒙
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


金沢大学と献体運動

 

金沢大学医学部

 

献体が実現するためには、家族の決断と周囲の深い理解が必要である。しかしながら、北陸は信仰(とりわけ浄土真宗)にあつい地域であり、ご遺体を系統解剖学の教育にお借りすることは困難をきわめた。
山田致知先生は、このような状況を改善するためには、“遺志による積極的な献体”をお願いする以外に根本的な解決はない、と考えられた。幸い、金沢大学には以前から、「篤志解剖願」を出されていた若干の予約者がおられた。昭和44年6月9日、白菊会の倉屋理事長が金沢大学医学部へ来られ、正常解剖のために献体予約者(23名)と、石崎有信医学部長、第一、二、三の解剖学教室教官・事務員(12名)、大学院生(3名)、山村捨夫氏事務長および事務部関係者(3名)が会議室で懇談した。そして、4ヶ月後、しらゆり会が結成された。当時は、しらゆり会を含めて、全国に12の献体組織があるだけであった。白菊会(東京大学ほか)、弘前大学、京都大学、大阪大学、広島大学、徳島大学の白菊会、白梅会(順天堂大学)、有美会(横浜大学)、不老会(名古屋地区)、ともしび会(岡山大学)、長崎余光会〕。その当時の結成の精神が「記録 始めるものは始めなければならん献体に関する懇談会(金沢大学医学部発行)」に記されている。それから28年が経過した。理事長は山田致知先生(金沢大学名誉教授、平成6年12月15日に逝去)から登谷栄作先生に引き継がれた。平成8年8月25日、中井精一先生(しらゆり会会長)が逝去された。平成9年4月から、福井医科大学しらゆり会、金沢大学しらゆり会、富山医科薬科大学しらゆり会として、分離発展することになっている重要な時期にあって痛恨の極みである。
上述のように、信仰の厚い北陸にあって、金沢大学では献体に対して相応の配慮を続けて来ている。
第四高等学校医学部の時代(明治21年)以来の献体者(6,000名)の名前を刻した31柱の碑を卯辰(うたつ)山の大学墓地に建立し、法要を営んでいるのは特記に値する(写真参照)。また、毎年6月の第三土曜日に行なわれる感謝状贈呈式には医学部長が感謝状を遺族に贈呈し、引き続いて行われる御遺骨返還式では、同様に医学部長がご遺骨をお返ししている。
今日、「献体運動は曲がり角にある。いや、曲がり角を過ぎた」と、言われている。献体運動を支えて来られた解剖学の先生の世代交代が進み、新しい感覚をもち、新しい研究をされる先生が後を継がれている。また、医学の進歩、大学における教育・研究のシステムと内容の見直し等々に伴って、系統解剖学を取り巻く大学内の環境が大きく変化して来ている。正しい献体運動の発展のためには、世代が交代しても、「初心忘れるべからず」の精神で、かつ「新たな時代の要請に解剖学の教育が如何に応えるか」を謙虚に考えることが必要であろう。

 

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