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日本の献体四十年

 事業名 篤志献体の普及啓蒙
 団体名 日本篤志献体協会 注目度注目度5


献体36年

 

財団法人 不老会

 

尾張丘陵から知多半島にかけては、水利に恵まれず、“なんとしてでも水が欲しい”の悲願は、戦後の食糧難解消の時流にものり、昭和23年の建策より13年にして用水が実現した。名付けて「愛知用水」という。
用水実現運動の中心、久野庄太郎は、用水開鑿作業中の事故による犠牲者を偲べば、胸のつぶれる思いがし、水利観音500体をつくり、57柱の遺族はもとより、関係者に配りながら、思い悩むことを話した、この時、名古屋大学長勝沼精藏先生より、解剖実習用遺体の話を承り、自らも社会の礎になろうと、献体を決意し、ようやく心の安らぎを得ることができた。これを家族や同志に語って、その輪を拡げていった。これが不老会の発端である。
爾来36年間の、財団法人不老会の献体運動について略述します。
昭和36年7月13日 久野庄太郎献体登録。
昭和37年1月21日 久野庄太郎の発議により、献体登録の同志120人が集まり、献体団体「不老会」を設立。(この時の会員数265名)提携大学は名古屋大学医学部。
以後、昭和47年まで、春季総会と秋季総会・追弔法要を実施。
昭和40年9月18日 会員1,000名突破記念総会。
昭和41年3月 「不老会だより」を発行。
昭和43年11月4日 名古屋市立大学医学部と提携。
同年12月14日 愛知学院大学歯学部と提携。
昭和45年5月26日 会員2,000名突破記念総会。
この年、篤志解剖全国連合会が結成され久野庄太郎初代会長に就任。昭和46年5月機関誌、月刊「不老」発行。「不老会だより」を引き継ぐ。
昭和47年6月28日 財団法人不老会の設立が許可された。(個人団体から社会公益団体に移行)地域支部を編成し、献体の意義の浸透と会員の増強を図る。
昭和47年10月30日 会員3,000名突破記念総会。(以後1,000名増加ごとに記念総会実施)
昭和49年5月19日 名古屋保健衛生大学(現藤田保健衛生大学)医学部と提携。
昭和49年9月17日 第1回献体者慰霊祭を行う。
(以後毎年実施)
昭和53年7月1日 愛知医科大学と提携。
昭和54年8月27日 事務所を知多市(理事長宅)より名古屋商工会議所ビル内に移す。
昭和55年 ポスターを作り、啓蒙運動展開。
昭和57年 「献体の塔」建立を計画。
昭和58年4月16日 会員10,000名突破記念総会、名古屋都心部でパレードを実施。
昭和60年4月11日 高松宮宣仁親王殿下、同妃殿下をお迎えして、「献体の塔」竣工式挙行。同年5月16日 第1回献体者感謝式を行う。(以後毎年実施)
昭和63年3月29日 篤志解剖全国連合会第18回総会(主管校名古屋市立大学医学部)に協賛。
平成8年4月1日現在
登録会員数 15,746名
献体者数 5,050名
献眼者数 1,625名
生存会員数 7,725名
機関誌「不老」401号(8,000部発行)

 

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更新日: 2020年4月4日

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