2003/03/25 朝日新聞朝刊
「新保守主義」必ず揺り戻し─久保文明慶応大教授に聞く(イラク戦争を問う)
イラク攻撃に突き進んだ米国を考えるとき、ブッシュ政権内で発言力を強める新保守主義グループの存在を抜きには語れない。彼らは今後も政策決定の主導権を握りつづけるのか、米国の社会や政治にもいずれ揺り戻しがくるのか。
(聞き手=論説委員・薬師寺克行)
――米国は結局、国際協調を見限って、イラク攻撃に踏み切りました。
「ブッシュ政権内には発足時から、フセイン政権を覆したいという考えがあった。当初は反体制派支援など間接的な手法をとっていたが、9・11テロが、直接的なイラク攻撃を可能にしたといえます」
「ブッシュ政権は本気で、イラク攻撃を自衛のための戦争だと考えている。その一方で、冷戦後の世界秩序をどうしようとしているのかははっきりしない。長期的な問題よりも、目に見える脅威をなくすことを重視している。その姿勢は、第2次世界大戦後、新しい秩序づくりを進めた米国とは、根本的に違う。仮に世界秩序を考えているとしても、それは米国に脅威のない世界秩序の構築でしょう」
――その路線を主導しているのが、ブッシュ政権内で保守派、とりわけ新保守主義者と呼ばれる人たちですね。
「新保守主義者が、政権内で最初から力を持っていたわけではありません。00年の大統領選挙でブッシュ大統領は、謙虚な外交や国益中心の外交を強調していた。それらは新保守主義とは異なる孤立派の国益重視派の主張でした」
「しかし、9・11で政権内の力関係が大きく変わった。テロの脅威排除に軍事力行使をためらうべきではないという主張が大きな力を持った。ブッシュ大統領自身は外交的に素人だったこともあって、新保守主義者を中核とする保守派が主導権を握った」
――新保守主義者とはそもそも、どういう思想を持ったグループでしょう。
「米国が力を行使することをちゅうちょしない。かつ自由、民主主義、人権の尊重という米国流の価値観を積極的に世界中に実現しようとする。それが米国の責任だという考え方です」
「共和党内ではレーガン政権ごろから広い意味の保守派が力を増してきた。現大統領の父親のブッシュ氏は共和党内の中道派でしたが、92年の大統領選で敗北した。これを機に保守派の台頭が加速した。歴代の共和党政権で、現ブッシュ政権ほど保守派が中枢を占めた例はありません」
「ただ、伝統的な共和党の対外政策は、米国の軍事力や経済力の限界も認識しながら、国益を重視するものでした。いまのブッシュ政権の膨張主義的、介入主義的な外交政策は、伝統的な共和党の政策とは明らかに異質です」
「新保守主義者の思考には問題が多い。そもそも米国の力の限界をどう認識しているのかという点がある。また、イラク攻撃がうまくいけば次は他の国へと展開するのか、本当に世界中の民主化をめざすのか。米国はどこまでやる気なのか、という不安に世界が包まれています」
――米国の力の源泉は多様性だといわれますが、それが消えたようにも見えます。
「決して消えていません。反戦デモも広がっているし、戦争が長期化すれば、こうした動きはますます広がる可能性はある。今のブッシュ政権がそのまま“The USA”と思ってはいけない」
――しかし、世論調査では「戦争支持率」が高い。
「米国民は、他国に比べ愛国心が非常に高い。過去を見ても、国家が危機の時には大統領のもとに結束する。今回も、いまのところは自衛戦争という大統領の説明に説得力があるから支持率が高い。だからといって、国民の大多数が新保守主義者の政治哲学や世界戦略を支持しているということではないと思います」
「彼らの思想、手法が米国内で長期的に支持されるとは思えません。軍事力を使って米国の価値観を世界に広げるという考えは、民主党にはとても受け入れられないし、共和党内部にさえ異論がある」
――それにしても米国は、国際社会からの厳しい目や批判に無頓着という印象です。
「日本は先の大戦の経験から、国際社会から孤立してはいけないと、外の視線を気にする。しかし、米国民は一般的に、自国が唯一の自由で民主主義的な国であるというような教育を受けていることもあって、外国からどう見られているか気にしない。特に保守派の人たちはそうです。ただし、これも一様ではなく、国際関係を重視する民主党や知識人は、外国からの批判をきちんと受け止めている」
――保守派が力を持ち続けるかどうか、イラク戦争の行方にも影響を受けそうです。
「戦争が早期に終結した場合は、保守派の発言力が強化されることは間違いない。政権内での力も強まり、米国の軍事的能力に対する評価が高まり、軍事的解決の選択肢がより重要視されるようになる。対外的にも、米国を支持する国との関係を重視する傾向が続くでしょう」
「一方、イラク戦争が長期化した場合は、保守派の主張に沿った政策が失敗したということになり、その力は衰えるでしょう。その時はゆり戻しが早くなる。米国にとって問題は、戦争の長さだけではない。イラク戦争が終わって、復興や民主化がうまく進むかどうか。内戦が起きて、混乱が続くようだとブッシュ政権の支持率も下がるでしょう。いずれにせよ、私は新保守主義者の政策がずっと続くわけではない、ゆり戻しは必ずくると考えています」
――ブッシュ政権のイラクへの対応ぶりは、北朝鮮問題にも同じように現れるのでしょうか。
「ブッシュ政権も北朝鮮にどう対応するかは、詰め切っていないと思う。まだ、交渉による解決という選択肢の方が優先順位は上でしょう。ただし、ブッシュ政権はクリントン前政権の政策を弱腰と批判してきている。従って、米国が交渉で譲歩できる余地は非常に少ない。北朝鮮に軍事的な圧力を強めるのは明らかで、そういうときに日本政府がどう対応するかが、最も難しいと思います」
◇久保文明(くぼ ふみあき)
1956年生まれ。
東京大学法学部卒業。法学博士。
慶応義塾大学法学部助教授、米ジョンズホプキンズ大学政治学部客員研究員を経て、現在、慶應義塾大学教授。
◇キーワード
<新保守主義派>
論客としては政治週刊誌編集長のクリストル氏、コラムニストのクラウトハマー氏らが知られるが、ブッシュ政権と周辺では、ウォルフォウィッツ国防副長官、パール国防政策諮問委員長らが新保守主義派と言われている。彼らの政策集団「新アメリカの世紀プロジェクト」(97年設立)の設立趣意書には、現在「強硬派」と呼ばれているチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官らも名を連ねている。
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