1985/07/01 朝日新聞朝刊
ニュー自民党への道 改憲党是再検討を 論説委員・深津真澄(座標)
自民党と社会党と並べてみると、永久政権党に万年野党の組み合わせで、水と油といった印象が強い。ところが、今年で30年に及ぶ両者の歩みをたどってみると、意外に共通した部分が多い。
昭和30年の秋、保守勢力に最終的に合同を決意させたのは、一歩先んじた左右両派社会党の統一だった。抜きがたい派閥抗争体質と党勢の長期低落傾向も同じだ。
最近では、社会党が綱領に代わる新宣言策定に乗り出すと、追いかけて自民党も綱領、政綱などの基本文書の改正にとりかかった。
○再編成期の55年体制
自社両党がそろって基本路線を見直すというところに、あらためて時代の移り変わりを感じる。両党を中心とする「55年体制」が再編成を迫られている、というべきだろう。
パフォーマンスという流行語までとり入れた社会党の新宣言案が、社会主義革命路線を事実上放棄するという思い切った転換を打ち出したのも、当然であろう。
しかし、自民党の方の改正作業が、時代への新たな対応を打ち出すかどうかは疑問だ。というのも、金丸幹事長ら執行部は初めから、憲法改正をめざす条項には手をつけない、と論議にワクをはめているからだ。
自民党の政綱等改正委員会(井出一太郎委員長)が見直している基本文書は5つある。いずれも、昭和30年11月の保守合同の際にまとめられたもので、立党宣言、綱領、党の性格、党の使命、党の政綱。このうち2カ所で改憲に触れている。
有名なのは、政綱が「平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う」と述べていること。党の使命でも「現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行」とある。
5つの文書を通読してみて、この条項に手をつけないで、何を議論するのだろうかと不思議に思う。たしかに国連加入促進とか、賠償問題の早期解決とか、実態とずれた表現が、そこここにあるのは事実だが、記述の修正なら半年もかけて議論することはない。
○憲法は広く深く定着
歴史的にみて、自民党政権下の30年は、日本がいまだかつて経験したことのない社会的、経済的大変動の時代だったのであり、国民の意識も大きく転換している。その変化を正確にとらえ、新しい時代への保守政治のビジョンを示すことが、今求められているのではないだろうか。
自民党が憲法改正を党是に掲げた当時の政情には、それなりの背景があった。1つは追放解除組の戦前派が相当数政界に復帰し、吉田政権に挑戦する旗印として憲法改正を持ち出したこと、もう1つは、対ソ戦略の必要から再軍備推進のため、改正を迫っていた米国の圧力である。
しかし、それから30年。戦後生まれが国民の過半数を占める現在、憲法は広く、深く定着し、改憲論は先細りの状況だ。各種世論調査をみても、昭和30年代の中ごろから、「日本にふさわしいよい憲法だ」という評価が、安定して高い率を示している。
比較憲法学の樋口陽一東大教授は、自民党の方針について「たいていの国では、政府・与党の側が憲法を受け入れ、安定した支配の正当性のシンボルとしている」(『憲法入門(1)』)と首をかしげる。だが本音でいえば、自民党の大勢も、改憲論がいま通用するとは考えていないだろう。
岸内閣が安保問題で退陣して以後、歴代内閣はできるだけ憲法を争点にしないようにしてきた。故河野一郎氏は佐藤内閣時代、「憲法改正を持ち出したら、内閣はいくつあっても足りない」と語っていたくらいだ。
○柔軟さが保守の本領
例外的なのは、国会で「私は憲法改正論者」といってのけた中曽根内閣である。首相は青年代議士時代の31年には『憲法改正の歌』まで作ったことがある。だが、本心はともかく、内閣としての行動は慎重だ。とくに再び伯仲を招いた一昨年の総選挙以後は、歴代政権の改憲回避路線を踏襲しているようにみえる。
こうした状況からみれば、改憲条項はお飾りで、保守の尾てい骨に過ぎない、という言い方もできる。しかし、先の国会に提出されたスパイ防止法案や靖国神社の国家護持運動などを推進する勢力の最終的ねらいは、憲法改正の実現にある。その意味で、改憲条項の取り扱いは安易に見過ごすことのできない問題である。
自民党幹部がひたすら「取り扱いは慎重に」と逃げ腰なのも、党内対立を避けたいという願いからだろう。実際、51年には改憲条項を削った「新政綱草案」をめぐって、激しい論争が起きた前例もある。
だが、自民党は古い殻を脱ぎ捨て、新たな活力を得るために、論争を避けてはならないと思う。保守主義の真骨頂は、ドグマにとらわれず、状況の変動に柔軟に対応していくことにある。
結党30年を期して、護憲政党に生まれ変わるぐらいの思い切った転換を試みたらどうだろうか。
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