2002/10/06 朝日新聞朝刊
教育特区 「脱画一化」各地でうねり(競争加速 転機の教育:1)
小学校、中学校、高校の一貫校をつくって、国語以外はすべて英語で教える。教科書は英訳する。
群馬県太田市が構想する学校だ。すでに、建設用地のめども立っている。
教育のアイデア競争の最先端を走る。助役を廃止した人件費で補助教員を雇った。オーケストラやゴルフなど学校の部活動ではやりにくいことを秘書室の直轄で始めた。今春は、算数の苦手な小学生の自宅に、塾講師経験者などを派遣する「算数支援隊」を創設した。
清水聖義(まさよし)市長(60)は学習塾を経営したことがある。
7年前、市長になった。実績を求められる塾の体験から、つくづく感じた。「教育の効果があったのかどうか、検証できていない」
中学校で英語の授業を見るたびに歯がみした。「これじゃあ、いつまでたってもペラペラ話せるようにならん。我々に任せてもらえば、うまくやってみせるのに」
算数支援隊などは市の創意でできた。だが、英語の一貫校は、国のさまざまな規制がある。学校設立を8月末、政府の構造改革特区に提案した。
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特区は、特定地域で規制を集中的に撤廃、緩和し、効果を検証しながら全国に広げようという構想だ。国からの財政支援はないが、10分野で、426件の提案があった。カジノによる町おこし、ワインメーカーによるブドウ生産の直営もある。
教育分野で提案があったのは、19都道府県にある35の自治体と1民間団体。全体の1割強に当たる44件だった。こんな内容が並んだ。
「区立のインターナショナルスクールを設立したい。特別な教育なので、義務教育段階でも相応の費用は徴収する」(東京都港区)
「都市と山村の学校に同時に在籍させたい。多くの子が豊かな自然を体験できる」(和歌山県)
「教員免許を持たない科学の専門家が直接、教壇に立てるようにしたい」(島根県出雲市)
提案のあったすべての特区に対応するには、越えねばならない法規制が100近くある。影響力を失いかねない文部科学省は慎重だ。
7月3日夕、東京・永田町。政府の総合規制改革会議では、学校経営への株式会社参入をめぐり、委員と文科省がぶつかった。
「今の学校経営は無駄が多い。文科省の影響下で効率化が進むとは思えない」(委員)
「教育は営利になじまない。質が低下しかねない」(文科省)
約2時間の議論は平行線。特区にも「機会均等の理念を没却する場合は不適切」と注文がついた。
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44の提案に対する文科省の考え方は9月下旬、公表された。8割近くに難色を示した。
太田市については「国語能力の習得に問題が生じる。適切な代償措置が必要」と注文がついた。
そのなかで、不登校対策でインターネットを使った「通信制小中学校」(岐阜県)や、幼稚園の入学年齢の引き下げ(埼玉県北本市)は、実現可能性が強まった。
北本市の担当者は「今回は、声をあげて問題提起をするのが最大の目的だった。当たって砕けるはずだったのだが」と驚く。急きょ、幼稚園側との協議を始める。
特区は、関係省庁と調整のついた提案について、対応する法改正などを国会が認めると、実現可能になる。
どこまで実現するかは未知数だが、総合規制改革会議の鈴木良男委員(旭リサーチセンター社長)は話す。「文科省の画一的な教育に対し、全国から不満が噴出した。危機感を募らせている自治体は多い。特区が競争を加速させる」
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日本の教育現場に競争原理が入り込んできた。住む地域や、学校、親の経済力などによって差がつく。規制緩和の先にある教育の姿を考える。
(8面に特集)
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