1999/01/26 朝日新聞朝刊
周辺事態 地理的概念巡る攻防に(ガイドライン法案Q&A)
Q それにしても「周辺事態」なんて日本語があるの?
A 「周辺」と「事態」をくっつけて一つの言葉にするのは無理があるし、まったく意味不明だね。ましてや「地理的概念ではなく、事態の性質に着目した概念」という政府見解を聞くと、首をひねらない方がおかしい。
Q 法案ではどう定義されているのかな。
A 「我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」とある。でも、政府はこの「我が国周辺」を地理的概念ではない、と言っているんだ。
Q 国会でもめるのも当たり前だね。
A 自由党の小沢一郎党首が「国語からやり直すべきだ」と言ったのはもっともだ。外務省の幹部でさえ「『周辺』と言えば地理的概念に決まってる」と言っている。国会で小渕恵三首相が「地球の裏側で生起することは想定されない」と答弁したりしているけど、「では周辺は」となるとあいまいなままだ。これじゃ「周辺とは周辺事態が起きるところ」になる。
Q どうしてはっきり言わないのかな。
A 地域をはっきりさせると、対象に含まれる国が反発するからだって。
Q 例えば?
A 筆頭は中国だ。昨年五月に当時の外務省北米局長が「日米安保条約の極東及び極東の周辺を概念的に超えることはない」と説明した。安保条約のいう「極東」の範囲は、「おおよそフィリピン以北並びに日本及びその周辺地域であって、韓国及び台湾地域も含む」という一九六〇年の政府統一見解がある。中国は局長発言に強く反発した。中国が「内政問題」としている台湾との間で武力紛争が起きたら、日米はしゃしゃり出てくるのかというわけだ。米国も地理的範囲をはっきりさせることに否定的なんだ。あえてあいまいにする方が、あちこちににらみが利くということらしい。
Q その点、小沢党首ははっきり言ったね。
A 「少なくとも隣接する各国の地域は全部入ってくるに決まっている。ロシア、朝鮮半島、中国、台湾だろうが、当たり前でしょう」と、確かに分かりやすい。政府の念頭にあるのも「朝鮮半島有事」だしね。でも、さっそく中国が警戒感を示した。一方、自由党の野田毅自治相は二十五日の衆院予算委で「まったく地理的概念を含まないわけではないが、あらかじめ想定や特定はしない」と答えている。党首の意見と政府としての見解は別ということらしい。
Q 日米安保条約との関係はどうなっているの。
A 新ガイドラインは安保条約や日米同盟関係の基本的枠組みを変えないことを前提にしている。でも、「周辺事態」になれば自衛隊は日本が直接攻撃を受けていなくても米軍を後方支援できるから、日米安保体制が実質的に変質することは明らかだ。つまり安保条約をいじらないまま、米国への協力の幅を広げるところに無理があるんだ。だから、政府の説明にどうしてもあやふやなところがでてくる。
Q 何か起きて、それが「周辺事態」に当たるかどうかはだれが判断するの。
A 実ははっきりしていないんだ。法案では、「周辺事態」になれば政府は対応措置の基本計画を閣議で決めることになっていて、この手続きが事実上の認定作業になる。今の法案を字義通りに解釈すれば、どこの地域の、どういう事態なら「周辺事態」と言えるのか、すべてはケース・バイ・ケースになる。しかも国会承認も要らないんだ。
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