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海上保安体制調査研究委員会報告書

 事業名 各国における海上保安法制の比較研究
 団体名 海上保安協会 注目度注目度5


停船命令―近接権の性格を中心として―
海上保安大学校 村上暦造
はじめに
 平成15年度の海上保安体制調査研究委員会の進め方としては、(1)停船命令(2)追跡(3)臨検捜索(4)拿捕・抑留(5)訴追、といった海上における執行措置の各段階ごとに、検討を進めることとした。その際、これが海上保安庁が実施する法執行活動(law enforcement action)の一連の措置をとらえたもので、いわゆる海上警察権の行使の措置としてみることができるが、他方、最近のテロリズムに対抗する措置としても、これを阻止するために海上で停船、検査を行う必要性が考慮されつつあり、また、従来、戦時法の交戦権として、軍艦が洋上で行ってきた臨検・捜索(visit & search)をも視野に入れて検討する必要があるものである。
 したがって、本稿は、最初の「停船命令」を取り扱うものであるが、具体的措置である「停船命令」を発する根拠そのものが問われなければならないのであり、その意味で、まず、軍艦又は政府船舶が洋上で外国船舶に関わる「近接権」(right of approach)について触れ、海上のおける海上警察権行使が許容される代表例とされる「海賊行為」の場合の干渉をめぐる考え方を概観した上で、最近の動きを検討することとしたい。
 
1 マリアンナ・フローラ号事件(1 Wheaton 1(1826))
(事実)1821年11月5日朝、米国武装スクーナ、軍艦アリゲータ(Alligator)号とポルトガル船マリアンナ・フローラ(Marianna Flora)号は、洋上約9カイリの距離で相互に相手船の存在を確認した。アリゲータ号は、大統領の指示の下に海賊行為及び奴隷取引を防止するために遊弋中であり、他方、マリアンナ・フローラ号は高価な積荷を積んで、バイア(ブラジル東部の港)からリスボン向け航行中であった。両船は、相互に右舷航行となるよう転舵し、M号がA号の風下側に入った。その後、スコールで相互の船影を見失ったが、天候回復後、両船のコースは交差する形となり、約4カイリでアリゲータ号の風上側に立った。しばらくして、マリアンナ・フローラ号が縮帆しマストに旗のごときものを掲げながら、船首を風下に向けたため、アリゲータ号艦長ストックトン大尉(Lieutenant Stockton)は、マリアンナ・フローラ号が遭難しているか又は情報を求めていると考え、同船にアプローチする義務があると判断し、ただちに自船の進路をマリアンナ・フローラ号に向けた。アリゲータ号がマリアンナ・フローラ号の射程に入ると、マリアンナ・フローラ号はアリゲータ号進路前方にcannon shotを行い、そして武装船舶である外観と装備を現した。C号艦長は、直ちに米国国旗及び三角旗を掲げた。その後、マリアンナ・フローラ号が二門の砲の射撃を行ったが、一門(ぶどう弾)の砲撃は短かく、もう一門(一斉弾)の射撃は、アリゲータ号の上を越えた。この行為によって、アリゲータ号艦長はマリアンナ・フローラ号が海賊船舶又は奴隷船舶であると考え、反撃のために砲撃を命じた。しかし、自艦の砲が(旧式の)カロネード砲であったため、相手船舶に到達しなかった。アリゲータ号はさらに近接approachを続け、マリアンナ・フローラ号も時折射撃を続けていたが、同号が小銃射程に入ったため片舷一斉射撃を行ったところ、この威嚇でマリアンナ・フローラ号はすぐに射撃を停止した。ほとんど同時に、マリアンナ・フローラ号が自国(ポルトガル)国旗を掲げた。アリゲータ号艦長は、同船に降伏して搭載艇を派遣するよう命じたところ、同船はこれに応じた。彼が説明を求めたところ、マリアンナ・フローラ号船長及びその他の士官の説明によれば、彼らはアリゲータ号を米国軍艦であるとは思わず、逆に高速海賊船であると考えていた。この状況の下、アリゲータ号艦長は、同船の船舶書類及び航海についてそれ以上の審査を行うことなく、彼が海賊的攻撃を受けたことを理由に、マリアンナ・フローラ号を米国に引致すると決定した。マリアンナ・フローラ号は、アボット大尉の指揮の下に、同船の乗組員とともにボストンに引致された(1 Wheaton 4)。
 
(判決)上訴人の主張は、アリゲータ号艦長ストックトン大尉がマリアンナ・フローラ号にアプローチし、同船を拿捕したが、このような措置は認められないこと、そして、その後に裁判のために同号を米国の港に引致した根拠がなかったことを理由に損害賠償を求めるというものであった。
 連邦最高裁判所は1826年3月20日に判決を下したが、ストーリー判事(Justice Story)は、まず洋上における近接(approach)について、平時に洋上を航行する武装船舶の権利・義務を確認する必要があるとして、次のように述べている。その状況下では、いずれの国の公船も臨検及び捜索の権利(right of visitation and search)を有するものではない。この権利は、厳密な交戦権であり、戦争時において諸国の一般的同意の下に許容されたもので、かつその場合に限られている。確かに、米国では、自国管轄権内で国内法令に違反した米国船舶又は外国船舶を追跡し、洋上で拿捕して、裁判のために自国の港に引致するという措置をとってきたが、それは臨検及び捜索の権利を導きだすものではない。その場合の拿捕は、自己の危険負担で行われる。このように述べて、ストーリー判事は、洋上における近接権と戦時法上の「臨検及び捜索の権利」を峻別し、平時においては、「臨検及び捜索の権利」が認められるものではないことを指摘する。
 平時にあっては、洋上において、すべての者は平等である。海上はすべての者の公道であり、その使用に供されており、誰も優越的・排他的な権利を主張することはできない。船舶は海上を航行し、妨害を受けることなく自己の合法的な事業を追求することが認められている。そこでのルールは他の船舶の権利を害さないことであり、法諺の「他の人のものを汝が害せざるように汝のものを使用せよ(sic utere tuo, ut non alienum laedas)」が当てはまる(p.42)。
 洋上にある船舶は領域と同等であり、他の船舶がこれにアプローチすることは許されないという主張があるが、ストーリー判事はこれを否定して、商船の海事慣習について次のように指摘する。商船は、自船の危難を救うため、又は情報を入手するため、あるいは遭遇した船舶の性格を確認するために、洋上で相互にアプローチするという日常的慣習を有している。その範囲内である限り、その行為が慣習ルール又は国際法の原理に違反するとは考えられてこなかった。本件の場合のように、自国政府の権限の下で海賊その他の犯罪者を逮捕するために航海している軍艦に関しても、海上で遭遇した船舶に対してその真の性格を確認するためにアプローチしてはならない理由はない。アプローチしたからといって、それは相手船舶を害したり、あるいは合法的な事業を妨害するものとはいえない。他方、アプローチを受ける船舶も、洋上で停船し、アプローチを受け入れなければならないわけではない。自由に航行を継続するとともに、自船に対する敵対的攻撃を避けるために必要な予防警戒措置をとることができる。ただし、想定される危険を理由に、他の善意の船舶を害することが認められるわけでもない。これらの諸原則が、平時において洋上を利用する諸国家に共通の義務と権利から自然に導かれる結論である。それは、戦時とは全く異なった義務と責任を生じるのであって、両者を混同してはならない(p.44)。ストーリー判事はこのように述べて、海上における近接権(right of approach)を認めたもので、19世紀初頭の本件判決は、その先例として認められている。
 その上で、本件では、アリゲータ号艦長がマリアンナ・フローラ号に洋上でアプローチしたことが許容されるとし、マリアンナ・フローラ号が先に砲撃したものであり、さらにアリゲータ号が国旗及び軍艦旗を掲げたにもかかわらずマリアンア・フローラ号が攻撃を続けたことから、これを拿捕し、裁判のために港に回航したことも正当であると認めたものである。
 
2 海賊に対する執行措置
(1)国連海洋法条約第105条(公海条約第19条)は「いずれの国も、公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所において、海賊船舶、海賊航空機又は海賊行為によって奪取され、かつ、海賊の支配下にある船舶又は航空機を拿捕し及び当該船舶又は航空機内の人を逮捕し又は押収することができる」と規定して、いずれの国の軍艦又は政府船舶、海賊船舶等を公海上で拿捕する権能があることを認めている。海賊行為が各国の普遍的な執行管轄権に服するという慣習法を確認した規定である。
(2)この慣習ルールは、執行権減行使の対象が海賊船舶等そのものであることを前提としているのであるが、しかし、軍艦又は政府船舶が洋上で遭遇する船舶が「海賊船舶」であることが明らかな場合ばかりとは限らない。むしろ、海賊行為を犯したのではないかという容疑を有する船舶であることの方が圧倒的に多いであろう。そうだとすれば、この規定だけでは海上警察権行使の要件は明らかではないのであり、洋上における海賊容疑船舶に対して、どのような措置をとることができるのかが問われなければならない。この点については、海賊に関するハーバード草案(Harvard Research in International Law, Draft Convention on Piracy, 26 AJIL Supp.739(1932)、以下、「ハーバード草案」という)とそのコメントにおいて論じられているので、これを振り返ってみたい。
(3)関係するハーバード草案の規定は、次のとおりであった。
(1)ハーバード草案第6条【海賊船舶の拿捕】
 他国の領域管轄権内でない場所において、国は海賊船舶又は海賊行為により奪取されかつ海賊が占有する船舶並びに船舶内の物又は人を拿捕することができる。
Harvard Draft Article 6
 In a place not within the territorial jurisdiction of another state, a state may seize a pirate ship or a ship taken by piracy and possessed by pirates, and things or persons on board.
(2)ハーバード草案第10条【海賊船舶でない船舶の拿捕の責任】
 海賊容疑で拿捕された船舶が、海賊船舶及び海賊行為により奪取されかつ海賊が占有する船舶のいずれでもないときであって、当該船舶が他の理由に基づく拿捕に服するものでないときは、拿捕を行った国は当該船舶が属する国に対して、その拿捕によって生じたいかなる損害についても責任を負う。
Harvard Draft Article 10
 If a ship seized on suspicion of piracy outside the territorial jurisdiction of the state making the seizure, is neither a pirate ship nor a ship taken by piracy and possessed by pirates, and if the ship is not subject to seizure on other grounds, the state making the seizure shall be liable to the state to which the ship belongs for any damage caused by the seizure.
(3)ハーバード草案第11条【海賊船舶に対する近接、停船措置】
(1)いずれの国の管轄権内でもない場所において、外国船舶に対して近接(approach)することができ、それが海賊船舶又は海賊行為により奪取されかつ海賊が支配する船舶であるという合理的容疑がある場合には、当該船舶を停船させ、その国籍を確認するために質問することができる。
(2)当該船舶が、海賊船舶又は海賊行為により奪取され海賊が支配する船舶のいずれでもなく、かつ他の理由の下でそのような干渉を受けるものでないときは、その干渉を行った国は、当該船舶が属する国に対して、その干渉により生じた損害を賠償する責任を負う。
Harvard Draft Article 11
(1) In a place not within the territorial jurisdiction of any state, a foreign ship may be approached and on reasonable suspicion that it is a pirate ship or a ship taken by piracy and possessed by pirates, it may be stopped and questioned to ascertain its character.
(2) If the ship is neither a pirate ship nor a ship by piracy and possessed by pirates, and if it is not subject to such interference on other grounds, the state making the interference shall be liable to the state to which the ship belongs for any damage caused by the interference.
(4)このハーバード草案の規定を見れば判るように、海賊船舶そのものの拿捕を認めているが、同時に海賊容疑船舶に対しては、近接(approach)に加えて、停船措置及び国籍確認措置を規定しているにとどまる。その海賊容疑を理由に、外国船舶に対する臨検(visit)、捜索(search)又は拿捕(seizure)を行うことについては、全く触れていない。逆に、容疑船舶が海賊船舶でないときは、拿捕に至った場合だけでなく、拿捕以外の干渉の場合であっても、それらによって生じた損害を賠償する責任を干渉を行った国の側に負わせている。したがって、海賊容疑船舶に対する近接と臨検・捜索・拿捕等を区別した上で、ハーバード草案は国籍確認のための近接権を認めているだけである。それ以後の海賊容疑を対象とした臨検・捜索等の執行措置について、禁止しているわけではないが認容しているわけでもない。
(5)この条項について、同草案のコメントは次のように説明している。公海上における執行措置を制限することが海賊を捕獲から免れさせることになるとしても、執行措置によって船舶の通商に対する干渉を除去することの方が重要である。たしかに、海賊が横行していた過去の慣行では、軍艦は海賊行為の容疑を根拠として公海上の外国船舶を停船、捜索及び拿捕することができるとされてきたし、なおその主張する見解は多い。しかし、この百年間本格的な海賊行為が発生していないこと、警察措置として捜索の権利はそれほど重要ではないこと、代わって海洋自由の要請が飛躍的に高まっていること、各国が公海上の自国通商に対する干渉的措置を好まなくなっていること、を認識すべきである。(ハーバード草案p839)
(6)さらに、ハーバードグループは、同草案のコメントを導くために多くの学説、判例を検討しているが、その中で、公海上の臨検・捜索について次のようにまとめている。すなわち、臨検・捜索の権利は、厳格にかつ専属的に戦時法上の権利であり、条約によって認められる場合を除き、平時には存在しない。ただし、マリアンナ・フローラ号事件で米国最高裁判所が述べたように近接権(right of approach)が認められてきたが、これは容疑船舶の真の国籍を確認するという目的に限定される。それは、臨検・捜索の権利を当然に導きだすものではなく、臨検・捜索そして拿捕の措置は軍艦側の危険負担において行使されるべきものである。
 また、沿岸国が自国の歳入法、貿易・航行法の違反を洋上で拿捕してきた例があるが、それは領域内での拿捕を免れて逃走した船舶を追跡し拿捕したものである。沿岸国の裁判所による処罰のために引致するためであり、それは全く別の範疇に属する。
(7)公海条約第22条(国連海洋法条約第110条)の臨検の規定では、軍艦が、公海上で遭遇した外国船舶を臨検することは、当該外国船舶が海賊船舶であることを疑うに足りる合理的根拠がない限り認められない、と規定する(第1項)。海賊容疑船舶に対する公海上の臨検を認めていることに着目するならば、ハーバード草案の規定より一歩進んだ執行措置を許容したともいえるが、他方、その臨検は当該容疑船舶の国籍確認のために行うことが想定されており(第2項)、容疑に根拠がないことが判明し、被臨検船舶が海賊船舶ではなかった場合には、被った損失・損害を補償する(第3項)と規定していることからすれば、この臨検は、国籍確認のための臨検であり、海賊容疑を確認するための臨検とは位置づけられてはいない。そうだとすると、臨検を行う軍艦・政府船舶は、犯罪容疑を確認するための臨検・捜索を行うことは、自らの危険負担において行わなければならないのであり、その意味において、この条約上の臨検に関する規定は、ハーバード草案の規定と同じものと言わなければならない。
(8)海賊船舶の拿捕及び海賊容疑船舶に対する臨検について概観してきたが、これらの条約規定は、公海上における外国船舶に対する干渉については一般慣習法の内容を条文化したものとして理解すべきものである。それは、言い換えれば、一般海上警察権の行使に関するルールであり(山本草二・国際刑事法245頁)、今日では、個別条約に基づく執行措置が数多く規定されるようになってきている。更に、本稿のテーマである「停船命令」という執行措置は、それ以外にも沿岸国の領域外に設定された海域における執行措置においても用いられるものであるが、これらの「停船命令」や「停船措置」はそれぞれ異なる目的と性格を有するものであるから、個別にその内容を検討する必要があると考えられる。


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