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海上保安体制調査研究委員会報告書

 事業名 各国における海上保安法制の比較研究
 団体名 海上保安協会 注目度注目度5


2 国連海洋法条約上の抑留概念の意味
(1)検討の手がかりとして
ア 抑留(detention)について
 まず、国連海洋法条約上の抑留概念の検討に入る前に、一般的な意味における「抑留」について、瞥見しておく。ただし、一般的な意味といっても、さまざまであり、ここでそれを並べ立ててみてもあまり意味のあることとは思えない。そこで、ここでは、国連海洋法条約の英語原文の記述にでてくる語に着目し、英米法における辞典的意味を見ておくこととする。
 国連海洋法条約上の「抑留」という語は、英文の規定の「detention」の訳語である。そこで、このdetentionについて田中英夫編『英米法辞典』をひもといてみると、次のように述べられている。すなわち、「とどめ置くこと。個人の身柄をその意思に反して留め置くこと。移動の自由を奪うことが要件であり、留置場など特定の場所に閉じこめることは必要ない。警官が容疑者を停止させ路上で尋問する場合も、状況によりdetentionにあたる。」とされる。
 以上より、一般的な英米法上の用語としての「抑留(detention)」は、司法的な意味合いの薄いものとして考えられているようである。
イ 逮捕・拿捕(arrest)、拿捕(seizure)について
 類似概念との比較によって対象を浮き彫りにするということも意味のあることと思われるので、つぎに、英米法上のdetentionと同様に強制的に留め置くといった意味内容を持つと考えられるarrestおよびseizureについて触れておく。なお、arrestは、国連海洋法条約上、日本語に訳す場合、逮捕、拿捕の訳語があてられ、seizureには拿捕、押収の語があてられている。(8)
 先ほど同様、arrestの辞典的意味を見てみると、それは、「阻止する、逮捕する、勾引する、または、海事事件のin rem(対物訴訟)で、船舶又は積荷を仮差し押さえすること」などと定義されており、司法的意味合いの濃い、むしろ司法手続の中で使用される概念と考えられているようである。(9)
 seizureも同様に確認してみると、この語は、「押収、差押え、逮捕、抑留」などの語が語意としてあがっている。ここから考えると、この語もやはり、司法的意味合いの濃い語として考えられているようである。
 
(2)国連海洋法条約における抑留概念について
ア 関係条文検討
 以上の認識を前提に、次に、国連海洋法条約上、「抑留」がどのような意味合いを持つのかについて見ていくこととする。
 先にも述べたが、国連海洋法条約の邦語訳で使用されている「抑留」は、「detention」の訳語である。ここでは、この英語のdetention概念を軸として「抑留」概念について探ることとしたい。
 国連海洋法条約中、「detention」の語が使用されているのは、排他的経済水域における沿岸国法令の執行に関して定めた第73条、公海における衝突その他の航行上の事故に関する刑事裁判権を定めた第97条、海賊の定義を定めた第101条、海洋環境の保護及び保全に関する沿岸国による執行を定めた220条及び船舶及び乗組員の速やかな釈放について定めた第292条である。
 そして、これらはいずれも、「抑留」を船舶に対するものとして使用している。
 以下では、detentionという語にどのような内容を持たせているのかを検討するのに有用と考えられる、第73条、第97条、第101条及び第220条について見ていくこととする。
(ア)第73条について
 本条は、排他的経済水域における沿岸国の法令の執行についての定めである。
 
第73条 沿岸国の法令執行
1 沿岸国は、排他的経済水域において生物資源を探査し、開発し、保存し及び管理するための主権的権利を行使するに当たり、この条約に従って制定する法令の遵守を確保するために必要な措置(乗船、検査、拿捕及び司法上の手続を含む。)をとることができる。
2 拿捕された船舶及びその乗組員は、合理的な保証金の支払い又は合理的な他の保証の提供の後に速やかに釈放される。
3 <省略>
4 沿岸国は、外国船舶を拿捕し又は抑留した場合には、とられた措置及びその後科した罰について、適当な経路を通じて旗国に速やかに通報する。
 
 ここでは、検討に際し、次の事柄が留意点としてあげられる。
(1)第1項の「必要な措置」に含まれるものの中に「抑留」が挙げられていない。
(2)第2項は、「拿捕(arrest)」についてのみ規定している。
(3)第4項で、初めて抑留概念が登場する。
 (1)については、(3)の事柄とも考え合わせると、「抑留」は沿岸国がとることのできる「必要な措置」であることは確かなようである。
 そのように考えると、ここでは、二とおりの考え方が可能となる。その一つは、抑留は「司法上の手続」に含まれると考えるもの、他の一つは、沿岸国がとることができる「必要な措置」の中には入るが、特に例が挙げられていないだけであると考えるものである。
 「司法上の手続」概念の範囲について、これを「起訴・処罰」の実施の手続と考え、抑留は起訴及び処罰に関する手続上の概念であると考えると前者の考え方も可能となる。しかし、これは、本条でdetentionの語をもって表現しようとした事象に対して、英米法上一般に認識されている刑事司法的な意味を持たせたくなく、その故に、あえて、抑留(detention)と拿捕(arrest)の語をあえて書き分けて使用していること(10)を考えると、本項のみ、「司法上の手続」中に「抑留」を含ませて表現するということは考えにくいものといわざるを得ない。
 以上からわかることは、抑留概念は、まず第一に、特に例は挙げられていないが、沿岸国がとることができる「必要な措置」のなかに含まれるということ、そして、第二に抑留は、ここでいう「司法上の手続」の一環として行われるものではないということである。
 ただし、抑留が行政警察的な措置であるとまでは、この規定からだけでは解釈することができない。なぜらなば、以上の解釈によってもなお、「必要な措置」の「司法上の手続」以外の部分に、拿捕などの作用が残ることになるからである。拿捕は、本条の場合、司法警察の作用ということになると考えられる。
 この部分の解釈から言い得ることは、「必要な措置」の中の執行管轄権の行使のひとつとして、抑留という措置が含まれると考えられることのみである。
 次に(2)について検討してみる。第2項で規定される事項は、裁判のための勾留が長引くことをさけるための規定であり、違反者の再出頭を確保するために設けられたものであるとされる(11)
 ここでは、「拿捕」された船舶及びその乗組員についてのみ規定されており、「抑留」については触れられていない。
 これは、(1)で確認した抑留概念と拿捕概念の使い分けを考え合わせると、本条で定める早期釈放及び再出頭確保の制度と「抑留」が直接的に結びつかないことを示しているものと考えられる。また、ここでの拿捕は司法警察及び訴追に関する作用と考えて差し支えないであろう。そうすると本項は、訴追し、罰を科すという司法手続のために行われる事項に関して定めている規定であると考えられる。つまり、「拿捕」は、司法手続に関する一連の流れの中で使用される概念であるが、「抑留」は、これとは意味合いが異なると解釈できると考えられる。
 以上をまとめると以下のように考えられる。
(1)抑留(detention)と拿捕・逮捕(arrest)とは異なる意味内容の概念である。
(2)拿捕・逮捕(arrest)は、司法手続が念頭に置かれた概念である。
(3)抑留(detention)は、司法上の手続に含まれる概念ではない。
(4)したがって((1)、(2)、(3)を考え合わせると)抑留概念は、行政上の作用、行政警察作用の意味合いが強い概念である。
(イ)第97条について
 本条は、公海における衝突その他の航行上の事故に関する刑事裁判権および行政処分権の所在に関する規定である。
 
第97条 衝突その他の航行上の事故に関する刑事裁判権
1 公海上の船舶につき衝突その他の航行上の事故が生じた場合において、船長その他当該船舶に勤務する者の刑事上又は懲戒上の責任が問われるときは、これらの者に対する刑事上又は懲戒上の手続は、当該船舶の旗国又はこれらの者が属する国の司法当局又は行政当局においてのみとることができる。
2 <省略>
3 船舶の拿捕又は抑留は、調査の手段としても、旗国の当局以外の当局が命令してはならない。
 
 本条は、第3項で、「拿捕(arrest)または抑留(detention)」というかたちで「抑留」の使用が見られる。本項の規定だけでは、その使い分け(法的性質のちがい)は判然としない。
 しかし、ひとつの解釈として、本条は、その規律の対象に司法的措置と行政的措置をおいていると考えられ、第73条の検討で見てきたように、「拿捕」が司法手続の中で使用される概念であると考えるならば、第3項の規定の「抑留」は、行政措置における手続の中での「意に反して留め置く」こと、これを規律する目的で使用されていると考えることができる。
(ウ)第101条について
 本条は、海賊の定義を定めている。
 
第101条 海賊の定義
 海賊とは、次の行為をいう。
(a)私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為であって次のものに対して行われるもの
<以下省略>
 
 本条は、海賊の要件のひとつとして「不法な暴力行為、抑留又は略奪行為」を定めている。
 ここでの「抑留」はどのような意味内容として使用されているのであろうか。
 相手の自由を奪い支配下に置くという意味で、同様の概念としてあげられるのは、「逮捕」や「拿捕」であるが、これらはここでは使用されていない。相手の自由を奪い支配下に置くという内容を表現するために、ここでは「抑留」が使用されている。(12)
 このことから、抑留概念は、司法手続の中で使用されることが明確な他の概念とは異なる概念、つまり、やや暖昧な言い方ではあるが、法的性質として価値中立的な事実上の概念であると考えることができる。(13)
 なお、海賊への対応の規定の中では、各国によって実施されるものとして「拿捕、逮捕、押収」といった概念は使用されているが、抑留概念は使用されていない。このことは、海賊は海洋法条約上、犯罪行為として取り扱うこととしている以上、その対応措置の中では、司法手続上の概念を用いればたりる、もしくはそうしなければ誤解を生じるからであろう。
(エ)第220条について
 本条は、海洋環境の保護及び保全に関する、沿岸国の執行措置について規定したものである。
 
第220条 沿岸国による執行
1 <省略>
2 いずれの国も、自国の領海を航行する船舶が当該領海通航中に<中略、関係法令等に>違反したと信ずるに足りる明白な理由がある場合には、<中略、無害通航権に係る規定の適用を妨げることなく>その違反について当該船舶の物理的な検査を実施することができ、また、証拠により正当化されるときは、第7節の規定に従うことを条件として、自国の法律に従って手続(船舶の抑留を含む。)を開始することができる。
3、4 <省略>
5 いずれの国も、自国の排他的経済水域又は領海を航行する船舶が当該排他的経済水域において<中略、排他的経済水域において船舶からの汚染防止、軽減及び規制のための適用のある国際的な規則及び基準又はこれらに適合し、かつ、これらを実施するための自国の法令(以下、本条文内では「汚染防止を実施するための法令等」とのみ表現する)>に違反し、その違反により著しい海洋環境の汚染をもたらし又はもたらすおそれのある実質的な排出が生じたと信ずるに足りる明白な理由がある場合において、船舶が情報の提供を拒否したとき又は船舶が提供した情報が明白な実際の状況と明らかに相違しており、かつ、事件の状況により検査を行うことが正当と認められるときは、当該違反に関連する事項について当該船舶の物理的な検査を実施することができる。
6 いずれの国も、自国の排他的経済水域又は領海を航行する船舶が当該排他的経済水域において<中略、汚染防止を実施するための法令等>に違反し、その違反により自国の沿岸若しくは関係利益又は自国の領海若しくは排他的経済水域の資源に対し著しい損害をもたらし又はもたらすおそれのある排出が生じたとの明白かつ客観的な証拠がある場合には、第7節の規定に従うこと及び証拠により正当化されることを条件として、自国の法律に従って手続(船舶の抑留を含む。)を開始することができる。
7 6の規定にかかわらず、6に規定する国は、保証金又は他の適当な金銭上の保証に係る要求に従うことを確保する適当な手続が、権限のある国際機関を通じ又は他の方法により合意されているところに従って定められる場合において、当該国が当該手続に拘束されるときは、船舶の航行を認めるものとする。
8 <省略>
 
 本条第1項は、船舶が自国の港等にとどまる場合について、当該国が実施する対応について規定している。ここでは、拿捕や抑留という概念は使用されず、「当該違反について手続を開始することができる」とのみ規定されている。
 これは、取締対象船舶が、任意とはいうものの自国領海に、はじめから「とどまって」いるわけであるから、あえて、「意に反して航海を中断させる」趣旨の概念の使用が必要なかったのであろう。このことは、第2項および第6項が、「自国の法律に従って手続(船舶の抑留を含む)を開始することができる」と定めていること、また、第5項が物理的検査の実施について定めていることとの対比からも明らかとなる。
 これに対して、第2項、第5項および第6項は、いずれも航行中の船舶に対する処置であり、その意に反して航海を中断させることが必要となる。なお、抑留と物理的検査との関係については、ここでは立ち入らないことにする(14)
 そこで、本条における抑留概念の法的性質であるが、ここでの抑留は、航海を中断させはするが、「必ずしも犯罪行為を対象とせず、行政上の航行停止措置である旨を明らかにする」必要があり、そこで、あえてdetentionの語が用いられたと考えられる(15)
 なお、以上の使い分けが、第2項及び第6項に規定されている「自国の法律に従った手続(船舶の抑留を含む。)」から司法警察作用を排除するものではないことは、条文の文理解釈上明らかである。
イ 小括
 以上の検討から、国連海洋法条約上の抑留概念に関しては次の事柄が言い得る。
(1)抑留概念は、船舶に対する概念として使われている。
(2)抑留概念は、逮捕や拿捕といった刑事司法上(司法手続上)の概念とは区別して用いられている。
(3)抑留概念は、それだけでは「船舶をその意に反して止める」という事実上の概念である。つまり、抑留概念は、その用いられる条文の趣旨ともあわせて解釈されてはじめて、法的性質が認識できるようになる。
(4)国家が取締を実施するという文脈での抑留概念は、行政上の措置を主に念頭に置いたものと考えられ、そこでの意味は、「何らかの措置のために船舶をその意に反してとどめる」ということになる。ただし、どの程度「止めて(留めて)」いいのか、という事柄については、別途詳細な検討を要するものと思われる。その際には、当然、国連海洋法条約第220条に規定されている「物理的検査」と「抑留」の関係も問題となろう。


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