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海上保安体制調査研究委員会報告書

 事業名 各国における海上保安法制の比較研究
 団体名 海上保安協会 注目度注目度5


3 わが国における想定事案と問題点
(1)訴追の可能性の拡張
 2で述べた、一般的な調整方式の4つのタイプは、わが国が海洋の秩序を維持するためにいろいろな執行を行なっていくにあたって、どのような影響を与えるであろうか。1で述べたように、刑事裁判権・執行管轄権の拡張に伴って、今後わが国が海洋における犯罪に対して執行・訴追を実施する機会が増大することが予想されるが、その仮想事案に対する考え方と問題点を考察しておくことは有意義であり、またその必要があると考えられる。
 そこで、ここでは、3つの場合を考えてみよう。
 
(2)SUA条約
 ひとつはSUA条約上の犯罪についてである。具体的には、非利害関係国であるわが国に、わが国から見てB国に比して相対的に非友好な国であるA国の船舶による犯罪に関して、A国の被疑者がわが国に所在しており、かつ、A国とは対立する被害国Bの方からも引き渡し請求があったとき、これにどのように対処するのかという問題である。
 管轄の優先について、2で述べた考え方にしたがうと、A国に優先を考慮すべき事情のある場合であると考えられる。それにもかかわらず、B国に引き渡すことができるかということが第一番目の問題である。まず、所在地国の優先が定められているのは処罰を確実にするということであると考えると、それ以上の意味はもたないので、引渡し先の決定は所在地国にとって常に完全に裁量的なわけではないということになる。したがって、思考の出発点として、B国は友好国であるけどもA国は非友好国であるためにB国に渡しておけばよいという単純な問題ではないと考えるべきではないかと思われる。
 しかしそれにもかかわらず、やはりB国に引き渡す必要があると判断される場合には、2で述べた調整方式の2と4のところで出てきたように、A国での処罰には適切な処罰が期待できないという場合にもって行くことが考えられる。そういう疑問がある場合であれば、これをA国ではなくB国に引き渡すこととして理解していく根拠があると考えられる。そのように方式2と4で述べた優先の逆転を持ち込むことは、自国民不引渡しの根拠が沿革的には自国民が適切に処罰されるということが必ずしも期待できなかったためであり、そうだとすると、所在地国優先ということも、方式の2や4で見られたような逆転の原理を考慮したためであるというようにも整理しなおすことができないではない。
 このような考え方に対して、引渡しに関する各国の現状を前提に、本来引渡し先の決定は所在地国の裁量であるとすることも不可能ではない。しかし、犯罪の罪質が、SUA条約の規定するような国際社会の利益を侵害する性質のものかあるいはその傾向が相対的に強い場合には、主権国家モデルを維持し続けるよりも、国際協調主義の将来に目を向けておくことの方が発展性が高いように思われる。
 上で述べた事態は、わが国が、条約改正で認められる、旗国の承諾に基づく外国籍船舶への執行を実施する体制をとった場合には、頻繁に生じることになろう。
 このことと関連して生じる国内法上の付随的な問題は、刑法4条の2の引用の仕方から生じる。4条の2の規定の仕方、条約の引用の仕方は、「この法律は日本国外において、第2編の罪であって条約により日本国外において犯したときであっても罰すべきものとされているものを犯したすべてのものに適用する」というものであり、条約の規定の仕方とは少し違っている。条約の方の書き方は、引き渡さなければ処罰する、ということなので、それをそのまま4条の2のほうに解釈として持ち込むと、引き渡さないときに初めて適用が始まる。これに対しては、引き渡すときには適用されないという、不安定な事柄が生じてくるので、そこは国内実体法固有の理解として、引渡し決定の有無に関らず犯罪の行われたときにわが国の刑法は適用されるとする、解釈論的な工夫をする必要があるように思われる。
 さて、次に、今度は逆に、A国が友好国でB国が非友好国であった場合にはどうかも問題になりうる。しかし、この場合には、属地主義の優先という原則どおりで差し支えなく、基本的には問題がない。しかし、その場合にもし自国民が被疑者であったときは、先に述べたのと同じ事柄が生じうる。
 
(3)船内犯罪
 もうひとつの例として想定される船内犯罪の場合は、TAJIMA号事件で述べたように、刑法3条の2が適用される場合とそうでない場合とに分かれる。刑法3条の2が適用されない事案、つまり自国民が被害者になっていない場合で、公海上の非友好国のA国の船舶から共助が要請され引渡しの請求があったときに、被害者がA国と対立するわが国にとっては友好国のB国の国民であった場合、B国からも引渡しの請求がなされることが考えられる。こういう状況では、(1)で述べたのと同じ問題が生じ同じように考えることができるように思われる。
 それとは違って、刑法3条の2が適用される場合、つまりわが国の国民が被害者になる場合、旗国から捜査共助と被疑者の引渡しが要求されたときにどう対処ができるかの点はどうであろうか。SUA条約などテロ関連の条約において所在地国優先の根拠は、国際的な法益が害されているため、国際社会全体として不処罰という状態を避けるために確実な処罰を確保するということであるのに対して、刑法3条の2が適用されるような船内犯罪の事案では、犯される法益はそれぞれの国の国内法益であることが一般であるから、それぞれの国がそれぞれの法益を保護する必要がある。しかもここではすでに捜査共助の依頼を受けており、旗国から執行の要請を受けているので、執行管轄権の問題は解決をされている。そのように考えると、この場合について、方式の3に方式2、4の優先の逆転を持ち込むことの必要性がなくなる、と処理していくことがひとつの一貫した方法ではないかと思われる。
 
(4)執行管轄権の拡大への対処
 3つ目はSUA条約の改正案との関係であるが、改正案の定める手続を受けられる国内法は従来の手続にはない。承諾の手続や内容、向こうから承諾や要求があったときにこちら側ではどういう条件を出すかを含め何をしていいかは、国家としての政策決定の必要なことであって、基本的には国会の判断を得る必要のあることであると考えられる。そうだとすると、そのような事柄についてはやはり今後詰めて法律上の問題としなければならないように思われる。このことは、わが国から外国船舶に要求する、承諾要求の手続についても同じである。その場合、向こうが受諾したときに国内法を執行していくための国内法上の根拠の整備も必要である。
 そのように執行していった場合には、公務執行に対する妨害が行なわれることも予想される。この問題は、海上執行機関である海上保安庁にとっては常に優先順位の高い問題である。この点については、領海および接続水域に関する法律と排他的経済水域および大陸棚に関する法律に、適切な立法例が既にある。領海および接続水域法の第5条は、この前の法改正で、次のように定めた。すなわち、「前条第1項に規定する措置に係る接続水域におけるわが国の公務員の職務の執行(当該職務の執行に関して接続水域から行なわれる国連海洋法条約第111条に定めるところによる追跡に係る職務の執行を含む。)及びこれを妨げる行為については、わが国の法令を適用する。」と。したがって、公務執行妨害罪を基本とする適用はこれで可能であるが、これはあくまで前条第1項に係る接続水域での職務の執行に限定されている。同様に、排他的経済水域および大陸棚に関する法律の第3条4号においても、「前3号に掲げる事項に関する排他的経済水域または大陸棚に係る水域におけるわが国の公務員の職務の執行およびこれを妨げる行為」と定めてあって、国連海洋法条約に対応するのに必要な限度で域外適用を拡大したことが明白である。これらは、立法目的との関係で必要かつ十分な適切な限定立法を行なった好例だと評価できるが、それが限定立法だということは他方、SUA条約改正案にしたがった国内的な執行措置の実施の場合に生じてくる公務執行妨害については、新たにそのことを盛り込んだ内容を規定することが必要であることを意味している。


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更新日: 2020年10月31日

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