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巻頭エッセイ〈5〉

パソコンと批評家との関係について

大笹吉雄

ごく最近目にしたものに、ニフティーサーブのパソコン通信による「演劇ベストテン96」なるデータがある。ワープロどまりで、パソコンなどとは無縁な生活を送っているから、これまで見る機会がなかったのだろう。関西のある劇団の講演を見に行って、手渡されたたくさんのチラシの中に入っていた。

演劇ファンの間でも、見た舞台の感想が、パソコン・ネットワークを通じて盛んにやりとりされているというのは、聞いたことがある。時代の変化を痛感させられたことだったが、その一端を具体的に知ったのは、この「演劇ベストテン96」が最初である。

これには6つの部門の集計が載っている。投票者数88名の「作品部門」、以下73名の「男優部門」、76名の「女優部門」、51名の「劇団・ユニット部門」、52名の「演出部門」、59名の「戯曲部門」。

投票者数がそれほど多くはないように見えるが、おそらく数は二の次で、それよりも、これだけの数の熱心な演劇ファンが、どういう選択をしたのかというところに意味があると考えられる。こころみに、各部門のベストファイブを採録しておくと-

作品部門=?@NODA・MAP番外講演「赤鬼」?Aパル・プロデュース「笑の大学」?B第三舞台「リレイヤー?V」?C劇団☆新感線「花の紅天狗」?D維新派「ROMANCE」

男優部門=?@菅野良一(演劇集団キャラメルボックス)?A近藤芳正(オフィスキタハラ)?B野田秀樹(NODA・MAP)?C腹筋善之介(惑星ピスタチオ)?D段田安則(シス・カンパニー)

女優部門=?@長野里美(サードステージ)?A毬谷友子(内藤陽子事務所)?B高田聖子(劇団☆新感線)?C富田靖子(アミューズ)?D木野花(フラワーカンパニー)と加納幸和(花組芝居)

劇団・ユニット部門=?@演劇集団キャラメルボックス?A惑星ピスタチオ?B遊気舎?CNODA・MAPと維新派

演出部門=野田秀樹(「赤鬼」)?A鴻上尚司(「リレイヤー?V」)?Bいのうえひでのり(「花の紅天狗」)?C西田シャトナー(「Believe」)?D野田秀樹(「TABOO」)

戯曲部門=?@「笑の大学」(三谷幸喜)?A「赤鬼」(野田秀樹)?B「リレイヤー?V」(鴻上尚史?C「トランス」(鴻上尚史)?D「法王庁の避妊法」(飯島早苗・鈴木裕美)

この結果を見てもわかるように、ニフティサーブの投票者は、圧倒的に二十歳前後の若者だろうと思われる。媒体が媒体だからある意味では当然で、そう考えれば納得できないわけではない。しかし、それにしてもと思うのは、たとえば私などの判断や、いろいろな演劇賞の受賞作品や受賞者とは違いすぎていることで、かろうじて両者が一致するのは、「笑の大学」だけである。同時に、わたしの知らない俳優や舞台がかなりリストアップされていて、こういう表をめにすると、やはりある種のショックを覚える。

改めて断るでもなかろうが、わたしの判断や演劇賞が絶対だというのではない。第一、東京で一年間に上演される舞台数はずいぶん前から一人で見て回れる数を超えていて、道の劇団や舞台や俳優が増える一方だといっていい。

だからこそと思うのは、もし前掲のベストファイブが単なる人気投票以上の意味を持ち、現在の演劇状況を考える上で無視できないものを含むのであれば、それをちゃんと後付けしたり、解析したり、積極的に世論に訴えたれるニフティサーブの投票者とあまり世代の違わない批評家が、でてくるべきだということである。

実際、現在ほど、若い批評家がいない時代もないのではなかろうか。その空隙に反比例して、舞台数は異常な増加をたどっている。その大半が若い劇団だと思われるが、同考えても「健全」ではない。もし仮に、若い批評家を生む力が若い演劇自体にないのだとすれば、これはこれで大問題で、将来は演劇的な荒野が広がるばかりだろう。

それにしても不思議なのは、耳にしたパソコン・ネットワークの若い人たちのやりとりである。かなり盛んに行なわれているという話だから、舞台を見て何かを言いたいという衝動が、まるでなくなっているとはおもえない。批評家の第一歩もここにある。にもかかわらず、現に若い批評家が出てこない。一体これをどう考えるべきなのか。

パソコン・ネットワークは「オタク」だという俗説があるそうで、もしそうなら、批評という開かれた、共有すべき言語と関係がない。が、そう断言していいのかどうか。パソコンという新しい機器の登場は、演劇をめぐる環境をも大きく変えていくのかどうか。

パソコンを使えない世代の一人として、昨今、大いに気になることの一つである。

〈演劇評論家〉

 

 

 

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